大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 公式ホームページ|江戸中期の阿弥陀仏の四十八願にちなんだ巡礼を、このたびの法然上人八百年遠忌を記念して再興いたしました。

大阪新四十八願所_第12番_伝長寺

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大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 / 第12番「伝長寺」

大阪阿弥陀新四十八願所・第12番「伝長寺」外観

寺院名称)伝長寺(でんちょうじ)
所在地) 大阪市天王寺区餌差町4番7号
電話)  06-6762-4294

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寺院・諸堂来歴

  • 慶長11年(1606)鎮蓮社笈誉上人が創建した。
  • 昭和20年(1945)の大阪大空襲ですべての堂宇を焼失。昭和58年(1983)に本堂を建立、平成7年(1995)庫裏(くり)を落慶した。
  • 開山笈誉上人の夢想・発意により奉安された撫(な)で地蔵尊は空襲の被害を免れ、撫でたところの疾病に効験あらたかな地蔵として、創建から今日まで近隣の信仰を集めている。

本尊

大阪阿弥陀新四十八願所・第12番「伝長寺」ご本尊
  • 本尊阿弥陀仏立像は鎌倉中期の作と伝えられるが、詳細な制作年、作者などは不明。空襲時、当時住職が地下壕に避難させて、焼失を免れたものである。

宝物・墓石・行事など

  • 『絵本太閤記』を著した江戸後期の戯作者武内確齋、江戸後期の儒学者廣瀬築梁・渡辺長城らの墓がある。武内確齋の墓碑の題字は頼山陽の書による。
  • 撫で地蔵尊の効験にあやかり例年5月8日、霜焼け足洗の法会をいとなむ。年中行事として、修正会(しゅしょうえ)・春彼岸会・御忌会(ぎょきえ)・盂蘭盆施餓鬼会・撫で地蔵盆・浄焚会(じょうぼんえ)などを修す。



第12願 「光明無量の願」(こうみょうむりょうのがん)

もし我れ仏を得たらんに、光明能く限量あって、下、百千億那由他諸仏の国を照らさざるに至らば、正覚を取らじ。

(もしわれほとけをえたらんに、こうみょうよくげんりょうあって、しも、ひゃくせんのくなゆたしょぶつのくにをてらさざるにいたらば、しょうがくをとらじ)

【大意】

私が仏となったとき、私の発する光明が無限であって、届かない所がありませんように。



和歌

いかならん やみも残らじ あさひこの やぶしわかずも てらすひかりに

【訳】

いかなる闇も残ることはないであろうよ、朝日という、藪であっても分け隔てなく照らす日の光に〔照らされたならば〕。

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