大阪新四十八願所_第43番_西徃寺
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大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 / 第43番「西徃寺」
※本堂内での参拝は現在のところ不可。朱印希望の方は第45番源聖寺までご連絡ください。
寺院・諸堂来歴
- 元和6年(1620)秀誉呑牛(どんぎゅう)上人が開山。呑牛上人は江戸初期浄土宗の高僧で、檀林鎌倉光明寺を住持していたが、弟子秀天上人が現在地で信者の帰依を得て一寺を建立、師呑牛上人を招いて開山したのが創建の経緯と寺歴は述べる。
- かつて一心寺など格式の高い由緒寺院住職が一線を退いたのちに住持した隠居寺の性格をもっていたとも伝えられる。白線4本の赤壁が格別の由緒をいまに伝える。
- 昭和20年(1945)大阪大空襲で大半の堂宇を焼失。昭和45年(1970)に本堂などを再建した。
本尊
- 本尊阿弥陀仏像は呑牛上人が鎌倉から招来した運慶作のものと伝わる。伝教大師感得の作という伝承もある。大阪大空襲に際し、光背や蓮台は焼失したが、本尊のみ戦火から免れた。立像で来迎の印を結ぶ。
宝物・墓石・行事など
- 年中行事として、春秋の彼岸会・盂蘭盆施餓鬼会・写経会などをいとなむ。
第43願 「生尊貴家の願」(しょうそんきけのがん)
もし我れ仏を得たらんに、他方国土の諸もろの菩薩衆、我が名字を聞きて、寿終の後、尊貴の家に生ぜん。もししからずんば、正覚を取らじ。
(もしわれほとけをえたらんに、たほうこくどのもろもろのぼさつしゅう、わがみょうじをききて、じゅじゅうののち、そんきのいえにしょうぜん。もししからずんば、しょうがくをとらじ。)
【大意】
他の浄土の菩薩達が、私の名前を聞いたならば、命終えた後、次の一生では貴き家に生まれることができますように。
和歌
またも世に 出(いで)なばのりの 師となりて ひとをみち引(びく) 身とも生れん
【訳】
〔還相(げんそう)回向としてこの迷いの世界に〕再度生ずるなら、きっと仏法の師なり、人を導く者として生まれることでしょう。