大阪新四十八願所_第11番_心眼寺
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大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 / 第11番「心眼寺」
寺院・諸堂来歴
- 元和8年(1622)4月、白牟和尚が戦国武将真田幸村父子の冥福を祈り堂宇を建立したのを嚆矢(こうし)とする。
- 境内地は幸村が戦捷(せんしょう)をおさめた大坂冬の陣の大阪城出丸城郭跡で、幸村鎧掛けの松の木もあったが、昭和20年(1945)の大阪大空襲により堂宇ともども焼失した。
- 創建から寺の定紋は真田家家紋の六文銭とされ、山号は真田山と称する。
- 復興をみた現在の山門扉にも、定紋の浮彫が鮮やかである。
本尊
- 本尊は阿弥陀仏座像。空襲により本尊が焼失したあと、江戸期制作と推測される阿弥陀仏立像を奉ってきたが、平成15年(2003)あらたな座像を奉安した。彩色しない白木の光沢が柔らかい。
宝物・墓石・行事など
- 山門前に立つまんなおし地蔵尊が開運を導く地蔵として古来信仰を集めてきた。
- 幕末見廻組の武士で坂本龍馬らを襲撃した桂早之助・渡邊吉太郎の墓がある。
- 年中行事として春秋の彼岸会・地蔵盆・盂蘭盆施餓鬼会などをいとなむ。
第11願 「住正定聚の願」(じゅうしょうじょうじゅのがん)
もし我れ仏を得たらんに、国中の人天、定聚に住し、必ず滅度に至らずんば、正覚を取らじ。
(もしわれほとけをえたらんに、こくちゅうのにんでん、じょうじゅにじゅうし、かならずめつどにいたらずんば、しょうがくをとらじ)
【大意】
私の浄土の人(にん)・天人は、みな正定聚(しょうじょうじゅ:必ず仏になることが定まっている境地)に住しており、必ず覚りが得られますように。
和歌
あだにさく 花は浮世の 一さかり ときはの松の かげののどけき
【訳】
花というものはこの浮き世で盛大に咲き誇るが、それはひとときのはかないものである。それに対し永久(とわ)にかわらぬ松の姿の何とゆったりとしていることよ。